足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

ホドラー「白鳥のいるレマン湖とモンブラン」

ちょっと遅めの夏休みをいただきました。といっても有給をつかって2日間、土日とあわせて4日だけなんですが8月中に夏休みをもらうのなんて何年ぶりかと…あれ、なぜか涙が(笑)夏休み初日は姪っ子の1歳のお誕生日パーティー、2日目以降は実家でのんびり過ごしたり、休養につとめつつ書いて書いて書きまくるぞーてわけで結局徹夜しちゃったりなんかしてました。理想とはほど遠いけど、いまの自分に出来うる限りの満足いくものがつく...
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コーネル「太陽の箱」

小さな箱は最初の歯を得るささやかな長さもささやかな幅ささやかなからっぽさその他いま持っているすべてを小さな箱は成長をつづけるかつて彼女がそのなかに入っていた食器棚はいまでは彼女のなかにあるそうして箱はどんどんどんどん大きくなるいまでは部屋も彼女のなかにあるそして家も都市も地球もそして彼女が以前そのなかにいた世界も小さな箱は子供のころを覚えているそして切ない切ない願いによって彼女はふたたび小さな箱に...
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森狙仙「猿図」(新年のご挨拶)

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。昨年はブログの更新も、美術館通いも、めっきり減ってしまいました。例によって大変ご無沙汰してしまいましたが、今年はもう少し更新を増やして従来通りに戻していければと思っております。さて、申年ということで猿にちなんだ一枚を。日本画で猿といえば、やはり思い浮かぶのは森狙仙です。描いた作品の8割近くが猿だったそうで、応挙の弟子として大阪で活動しながらその評判...
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ブーダン「トルーヴィルの浜辺の風景」

連休最後の2日間は、茅ヶ崎の先輩宅に遊びに行ってきました。もちろん海にも行きまして、のんびり優雅に昼からビールを決め込んで。最高のぜいたくですよねー、これ。Beach Scene, Trouville(1863)Eugene Boudinこちらはウジェーヌ・ブーダン「トルーヴィルの浜辺の風景」。モネの師匠にして、海の画家です。人が多すぎな気がしないでもないですが、いつの時代も人は海辺に集まりたがるものなんでしょうかね。やっぱり皆さんお酒...
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国宝・曜変天目茶碗を見てきました

シルバーウィークですね。実は木曜から遅めの夏休みということで、夢の7連休なのです。ということで、さっそくサントリー美術館に行ってきました。国宝・曜変天目茶碗。神秘的な斑紋、深い深い青。茶道具という小さな世界のなかに、宇宙の煌めきが閉じ込められている。碗のなかを雫が転がるさまなど想像して、それはそれは眼福なひとときでした。藤田美術館の所蔵品をこのたびサントリー美術館で展示してるんですが、前に見た静嘉...
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スーラ「セーヌ川、クールブヴォワにて」

The Seine at Courbevoie(1885)Georges Seuratひさしぶりに土日両方ともお休みです。今日は一日、自宅でのんびり過ごしました。明日は早起きして荒川沿いを海まで走って、午後は美術館に行ってこようと思います。ずっと美術館ご無沙汰だったから、何を見ようか迷っちゃうな。やっぱり琳派ですかね〜。今日も明日もがんばろう。  ...
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エルネスト=ジョセフ・ローラン「芍薬」

夏の花の色づくときを待ちながら長月の夜のはかなさを思うお元気ですか?夏から秋へかけてのあっという間だった幾晩かを思ってはなつかしく、いとおしい気持がこみあげてきます。声が聞きたいです。会いたいです。かなわぬ夢だと思いながら、今も夢見ています。情けないけど、これが素直な気持です。あの楽しかった日々は今もこれからも、大切な宝物です。どうかあなたが幸せでありますように。今日も明日もがんばろう。  ...
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ホッパー「The Long Leg」

ご無沙汰しております。夏らしいことを何もできないままに、気がつけば涼しくなってしまいました。せめて夏っぽい一枚を。The Long Leg(c.1930)Edward Hopper8月はほとんど休みなしで走り続けて、当分こんな状況が続きそうです。今日もこれから出社…(涙)心身ともに人より頑丈にできているみたいなので大きな不具合もなく過ごしていますが徹夜とか続くと食事の回数が増えてしまうもんで、おなか周りがちょっとねーという感じで...
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福田平八郎「真鯉」

Black Carp(c.1936)Fukuda Heihachiroほのかなるなやみのうちにひと日過ぎゆきひと日しづかにかへりくる。魚はかたみに青き眼をあげ噴きあげに打たれかなしむ。藍のうろこも痛くつりうどの眼もいたく魚はかなたにのがれゆき鉢なでしこの日の表つよき反射のなかに浮きもかなしむ。(室生犀星「青き魚を釣る人」)今日も明日もがんばろう。  ...
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ヘレン・シャルフベック「少女の頭部」

また随分と、間があいてしまいました。申し訳ない限りです。。気を取り直して……前回に引き続き、ヘレン・シャルフベックです。Head of a Girl(1886)Helene Schjerfbeck1886年、「快復期」の2年前に描かれた「少女の頭部」という作品です。黒の巧みな使い手であったマネを思わせる作品ですが、暗闇を背にしたこの眼差しが、何だか忘れられませんでした。1884年の「扉」という作品も、やはり黒が印象的です。ホイッスラー風の「お...
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ヘレン・シャルフベック「快復期」

ヘレン・シャルフベック。聞き慣れない名前ですが、近年世界的に注目されているフィンランドの画家だそうです。19世紀末から20世紀初めに活躍した女性画家の展覧会が、東京藝術大学大学美術館で開かれています。The Convalescent(1888)Helene Schjerfbeck3歳のときに事故で下半身に障害を負い、学校に通うことができず家庭教師から教えを受けたシャルフベックは、やがて絵画の才能を見出されて11歳にしてフィンランド芸術教会で...
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鴨居玲「出を待つ(道化師)」

道化の背後に広がる赤は、虚無や悲哀や諦念とは縁遠く鮮やかで凛々しくすらあります。かといって熱情でもなく、ましてや歓喜でもない。自分の人生を振り返っても思い当たらない、引きずり込まれそうな、異質な赤でした。Waiting His Turn(1984)Kamoi Rei鴨居玲「出を待つ(道化師)」。東京ステーションギャラリーの展覧会のポスターに使われている作品で、東京駅の喧噪とは明らかにそぐわない佇まいにかえって心をもっていかれ...
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鴨居玲「1982年 私」

真っ白なカンヴァスを前に、口を半開きにし、弛緩した表情をこちらに向ける画家。ここまで陰惨な自画像が他にあるでしょうか。鴨居玲の「1982年 私」という作品です。Myself, 1982(1982)Kamoi Reiまわりに描かれているのは、道化や老婆、裸婦など鴨居が主題としてきた人物たち。「もう描けない」と絶望しきった画家を責めるでもなく、てんでばらばらを向いて地縛霊のようにそこに佇んでいます。彼らが画家にとっての過去である...
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ヴィンターハルター「フロリンダ」

ザ・女子会。フランツ・ヴィンターハルター「フロリンダ」。タホ河のほとりで水浴びをする娘たち、そのなかで一際美しいのがスペインのフリアン侯爵の娘・フロリンダです。このあと西ゴートの王ロドリゴが半裸でたわむれる彼女達を目撃してしまい、情欲抑えられず……ついにはこれが引き金となって戦争に発展してしまうわけです。女性の美しさに罪はなけれど、こんな水浴びの場面を見てしまったら。。自分もどうなってしまうか分から...
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チェイス「カナリア」

The Pet Canary(c.1886)William Merritt Chase唄を忘れたかなりやは後ろの山に棄てましょかいえいえ それはなりませぬ唄を忘れたかなりやは背戸の小薮に埋けましょかいえいえ それはなりませぬ唄を忘れたかなりやは柳の鞭でぶちましょかいえいえ それはかわいそう唄を忘れたかなりやは象牙の船に銀の櫂月夜の海に浮かべれば忘れた唄をおもいだす(西条八十「かなりや」)今日も明日もがんばろう。  ...
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ボッティチェリ「受胎告知」

どんなに素晴らしい作品を集めたとしても、どんなに素晴らしい構成であったとしても、たったひとつの作品によって展覧会の印象が大きく変わってしまうことがあります。Bunkamura ザ・ミュージアムの「ボッティチェリとルネサンス」も、そんな展覧会でした。もちろん良い意味で。Annunciation to the Virgin Mary(1481)Sandro Botticelliルネッサンス誕生の背景にあったフィレンツェ金融業、その証ともいえる金貨の数々。そしてメ...
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清宮質文「山上の湖」

河瀬の音が山に来る、春の光は、石のやうだ。筧〈かけひ〉の水は、物語る白髪の嫗〈おうな〉にさも肖〈に〉てる。雲母の口して歌つたよ、背〈うし〉ろに倒れ、歌つたよ、心は涸〈か〉れて皺枯〈しわが〉れて、巌〈いはほ〉の上の、綱渡り。知れざる炎、空にゆき!響の雨は、濡れ冠る!‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥われかにかくに手を拍く……(中原中也「悲しき朝」)中原中也の詩と清宮質文の版画は、「また来ん春…」という本で合わせて見ることがで...
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イヴ・クライン「火の絵画」

昨夜見た、夢のお話。Fire Painting(1961)Yves Klein外は火の雨が降っていて、道行く人や車や樹々が燃え上がっていた。ぼくは実家の階段の裏で、姉と一緒に息をひそめていた。窓の向こうから、火の柱が近づいてくるのが見える。「俺は生きるぞ、俺は生きるぞ」と必死で念じながら逃げ場などあるはずもなく、全身を激しい熱と痛みに取り巻かれて、気がつけばまわりには水色の景色が広がっていた。……という、なんだかひどい夢でし...
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小杉放庵「天のうづめの命」

天照大神(アマテラスオオミカミ、地元ではテンテルさんと呼んでた)が天の岩戸に隠れてしまうと、たちまち世界は真っ暗になってしまいます。そらもう、わやくちゃな有様でこりゃあ困ったと八百万の神様方。思案のすえに鏡やら勾玉やらをこしらえて、満を持して登場したのがこの人、アメノウズメです。Ame-no-Uzume-no-Mikoto(1951)Kosugi Hoanアメノウズメが神懸かりして(神様なのに??)胸をさらけ出して踊ると、神様達はい...
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ティツィアーノ「鏡の前の女」

四角い小さな手鏡とまるい大きな鏡にはさまれて女性は右手に髪の毛を、左手に香水瓶を持ち身繕いの最中です。ティツィアーノ「鏡の前の女」。こちらも国立新美術館の「ルーブル美術館展」より。Woman with a Mirror(1512-1515)Tiziano Vecellio胸元が大きく開いたドレス、あらわになった左肩の曲線、右腕のカーブも指先も、実に官能的です。「ふくよかな女性もいいよねー」と思った男性も多いのでは。女性も自分の美しさに見惚れ...
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ムリーリョ「物乞いの少年(蚤をとる少年)」

17世紀スペインの画家、ムリーリョ。「無原罪の御宿り」など宗教画で知られる画家ですが、こちらは初期の風俗画。「物乞いの少年(蚤をとる少年)」という作品です。国立新美術館の「ルーブル美術館展」にて。A Beggar Boy Picking a Flea(1647-48)Bartolome Esteban Murillo熱心に蚤を取る少年。かたわらには水差し、芋、海老が描かれており、昼食後のひとときであると考えられます。となると、「物乞い」ではない――という説も...
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杉本博司「月下紅白梅図」

真昼のひかりが鮮烈であれば、なおさら夜の闇は深く感じられるものです。そして暗闇のなかでこそ、目にうつる美しさというものがあります。月明かりが照らし出した、紅梅白梅の別の顔。杉本博司の「月下紅白梅図」という作品です。言うまでもなく、これは尾形光琳の「紅白梅図屏風」をベースにした作品です。モノクロームの世界で梅はいっそう匂い立ち、流水もまた磁力を増して、鑑賞者を飲み込もうとするかのよう。この作品は薄暗...
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ヴァロットン「落日」

Sunset(1918)Felix Vallotton木の葉の背後に太陽私のこころは透明だ。木の葉の背後に太陽……風が吹く、風が……生温い木の葉の中で冷たい風が温み私の花を愛撫する、汗ばんだ私の前額を愛撫する、汗ばんだ私の手を愛撫する、私の瞳と私の目とを愛撫する。噴水のしぶきの中に噴水の光の中に太陽は入日する……私の頬には涙が流れる太陽で一ぱいな涙が。(アンドレ・スピール「太陽」)今日も明日もがんばろう。  ...
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クロード・メラン「聖顔」

昨日行ってきた、町田市立国際版画美術館のおもしろい作品を。Veronica(1649)Claude Mellanクロード・メランの「聖顔」という作品です。聖骸布にうつった、イエスの御顔。これをおもしろいと表現してしまうのは罰当たりかもしれませんが、よーく顔を近づけて見てみると……。この作品、年輪のように円を中心から重ねていって、その線の幅を微妙に太くしたり細くしたり調節することで絵を浮かび上がらせているのです。これを見たと...
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ミレー「種をまく人」

気がつけば明日(1月12日)が最終日。三菱一号館美術館の「ミレー展」、すっかり紹介するのが遅くなってしまいました。まずは日本でもなじみの深い、こちらの作品から。The Sower(1850)Jean-François Milletジャン=フランソワ・ミレー「種をまく人」。ボストン美術館所蔵の、ミレーの傑作です。伸ばした右手で種をまいており、その上(画面左上)に目を転じると、鳥たちが飛び立っているのが分かります。まいた種が大地に根をは...
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英一蝶「富士山図」

2015年最初の美術館詣では、恒例の東博にいたしました。長谷川等伯の「松林図屏風」も素晴らしかったけれど、一番印象に残ったのはこちら。英一蝶の「富士山図」という作品です。富士山というだけでも吉祥のめでたい一枚なんですが、なんだかとてものんびりと、ゆるゆるとしていて。寝正月を引きずっていったせいか、その気楽なたたずまいがことさら心にしみたわけです(笑)実際のところは険路を黙々と進む旅人の姿なんでしょうけ...
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岡鹿之助「雪の発電所」

年末ですね。今夜から埼玉の実家に帰るので、今年はこれが最後の更新となります。いろいろ考えて、岡鹿之助の「雪の発電所」という作品にしてみました。Power Plant in the Snow(1956)Oka Shikanosuke描かれているのは、画家が実際に目にした風景だそうです。春の雪のようにしっとりしすぎて情緒的な甘さではなく、むしろ非人情なくらいさらさらとした雪原が広がり、そこに人懐かしさを感じさせてなお典雅な、フランスのシャトー...
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高山辰雄「いだく」

来年夏、姉夫婦に子どもが生まれるそうです。クリスマスイヴに一報もらっていたのですが、今日病院に行って、正式におめでただと分かったとのこと。ようやくうちの両親もおじいちゃんおばあちゃんになれるんだなぁと、しみじみ思ってしまいました。Embracing(1977)Takayama Tatsuoこちらは高山辰雄の「いだく」という作品。赤子を抱く女性と、それを愛おしく見つめる女性が描かれています。無垢なる光のような赤ん坊は、2つの影...
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難波田史男「トロンボーンの行進曲」

心の震えをそのままあらわしたような線描。思いがそのままにじみ出したような水彩。自由とは、かくも脆く果敢ないものかと——。不条理、空想、冒険、創造、孤独、そんな様々を思いながら生きること、創ることについて少し考えてしまいました。世田谷美術館の「難波田史男の世界 イメージの冒険」にて。Music for Trombone(1967)Nambata Fumio前に東京オペラシティで行われた難波田史男の回顧展でファンになったのですが、世田谷...
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堂本尚郎「絵画」

なぜだか気持ちが落ち着く作品。堂本尚郎の「絵画」という水彩画です。Painting(1957)Domoto Hisao水に溶け出したインクのような、不確かな揺らぎ。重ねられた黒と赤の平面も、頼りなくぼやけて見えます。ただそれだけのことなのに。描かれているのはそれだけなのに、足が止まってしまった。連想したのはなぜかイヴ・タンギーの作品群であり、万年筆のペン先の洗浄の場面でした。どちらも自分にとって心地がよく、いとおしいもの...
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