川端康成「古都」と東山魁夷「冬の花」「北山初雪」
ゴールデンウィークに浜松に行った際、
静岡市美術館の「巨匠の眼 川端康成と東山魁夷」を見てまいりました。
文豪・川端康成と昭和を代表する日本画家・東山魁夷の交流に焦点をあて、
それぞれの所有する美術品を紹介していくというもの。
まずは、2人の親交を象徴する一枚を。
Winter Flower(1962)
Higashiyama Kaii
東山魁夷「冬の花」。
川端が文化勲章を受賞した翌年(1962年)にお祝いとして魁夷が贈ったもので、
このとき川端は睡眠薬の禁断症状の治療のために入院していました。
「病室で日毎ながめてゐると、近づく春の光が明るくなるとともに、
この絵の杉のみどりも明るくなつて来た」
川端はこのように作品を喜び、後に代表作「古都」の口絵にも使用しています。
ちなみに「古都」は朝日新聞で連載されていた小説で、最終回は1962年1月23日。
魁夷は小説の最終章のタイトル「冬の花」にちなんで作品を描き、
連載終了の翌月に川端に贈っています。
このタイミングもまた、素晴らしいなぁと思うんですよね。
2人の交流は、1955年に魁夷が川端の本の装丁を手がけたことをきっかけに始まりました。
川端が魁夷の作品を購入することもあれば、
魁夷が「冬の花」のように絵を贈ることもたびたびあったそうです。
そして川端の著作の挿絵を魁夷が手がけたり、
魁夷の画集に川端が序文を寄せたりなど
2人の交流は創作のうえでも大いに刺激し合うものでした。
こうした交流が結晶した作品が魁夷の「京洛四季」。
川端からの依頼にこたえ、消えゆく京都の風情を描いた連作です。
以下、川端の言葉を。
京都は今描いといていただかないとなくなります、
京都のあるうちに描いておいて下さい、
と私は数年前しきりと東山さんに言つたものである。
その私のねがひが、東山さんの「京洛四季」のみごとな連作に、
いささかの促しとなつたのは、私の幸ひ、よろこび、言葉につくせない。
はじめてそれを東山さんに言つたころ、私は今日の町を歩きながら、
山が見えない、山が見えない、と
われにもなくつぶやきつづけてかなしんでゐたものだ。
今はもう山の見えぬ京の町にも慣れた。
しかし、都のすがたしばしとどめんとは、今日もなほねがふ。
「京洛四季」は魁夷自身の詩文とともに京都の四季を描いた画文集として1969年に刊行。
このうちの1点、「北山初雪」を魁夷は川端に贈っています。
日本人初となる、ノーベル文学賞受賞のお祝いとして。
First Snowfall in Kitayama(1968)
Higashiyama Kaii
この構図、先にご紹介した「冬の花」がベースになっているんですね。
京都北山は「冬の花」が口絵として使われた小説「古都」の重要な舞台。
あえて同じ構図の作品を贈ったところに、2人の交情の深さを思うわけです。
川端はノーベル賞受賞後の多忙のなかで「京洛四季」の序文を書き上げます。
先に挙げた川端の文章は、この序文の一部。
そのあとに川端は、
「『京洛四季』の東山さんの数々の絵は、
都のすがたしばしとどめん、になつてもらへるであらう。
この『京洛四季』の生まれには私も宿望もあり、
また東山さんの日ごろの交誼にあつて、
気随の文章を寄せさせてもらつた」と書いています。
小説と日本画、分野は違えど互いに引き立て合い、成長していく。
すばらしい関係だなぁと思います。
ちょっと話はそれますが、
「京洛四季」をはじめ、魁夷が描いた京都各所の絵は
「今、ふたたびの京都」という本にまとめられています。
副題は「東山魁夷を訪ね、川端康成に触れる旅」。
魁夷の絵と川端の文章で綴る、ガイドブックも兼ねた画集です。
次の京都旅行の際には、川端の「古都」といっしょに
この本も持っていきたいと思っています。
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静岡市美術館の「巨匠の眼 川端康成と東山魁夷」では、
東山魁夷の作品はもちろん、川端康成が所蔵していた絵画や書、骨董などを展示。
なかには後に国宝に指定された池大雅「十便図」、与謝蕪村「十宣図」もありました。
(浦上玉堂の「凍雲篩雪図」は残念ながら展示されていませんでした)
それぞれの作品には2人が交わした言葉や書簡、小説の一場面などが解説とともに付され、
絵画と文学ともに好きな自分にとっては非常に見応えのある展覧会でした。
バランス的には魁夷より川端のコーナーのほうが充実している気もしましたが……。
そもそも魁夷は、自身のコレクションについてあまり語らなかったそうなので
どうしても川端のコレクションに比べて、解説が手薄になってしまうんでしょうね。
とはいえ、素晴らしい展示であることには違いありません。
会期は6月1日まで、その後岡山県立美術館(7月16日〜)、
島根県立美術館(2015年3月20日〜)に巡回します。
類似の展覧会はわりと頻繁に各地で行われていますので、
お近くの美術館で開催のおりはぜひ足を運んでみてください。
それでは最後に小説「古都」の一場面で締めくくりたいと思います。
千重子は、苗子が耳を澄ますのに、
「しぐれ? みぞれ? みぞれまじりの、しぐれ?」と聞いて、自分も動きをとめた。
「さうかしらん、淡雪やおへんの?」
「雪……?」
「静かどすもん。雪いうほどの、雪やなうて、ほんまに、こまかい淡雪。」
「ふうん。」
「山の村には、ときどき、こんな淡雪がきて、働いてる、あたしらも気がつかんうちに、杉の葉のうはべが、花みたいに白うなつて、冬枯れの木の、それはそれは細い細い枝のさきまで、白うなることが、おすさかい。」と、苗子は言つた。「きれいどつせ。」
「…………。」
「すぐ止むこともおすし、みぞれになることも、しぐれになることもおすし……。」
(川端康成「古都」より
今日も明日もがんばろう。



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