足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

クチャルスキー「マリー・アントワネットの肖像」

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フランス国王ルイ16世の王妃、マリー・アントワネット。
革命によって断頭台の露と消えた悲劇のヒロインとして知られていますが
その印象は享楽的、無知、勝手気ままなどなど否定的なものが多いかもしれません。
でも実際には、誇り高くウィットに富んだ愛らしい女性で
フランス王妃にふさわしい人格と容姿であったそうです。
ただしそれは、彼女が王冠を失いかけたころから。
夫とともに革命の渦にのまれ、安寧を失うことで
彼女は自分の立つべき場所、あるべき姿に思い至り驚くべき変貌を遂げるのです。
由緒正しきハプスブルク家の一員として、偉大なるマリア・テレジアの娘として、
民衆を統べるフランス王妃として、そして2人の子を持つ母親として。
ちょうどそのころに描かれた未完の肖像画がこちら。
クチャルスキーという画家の作品です。


クチャルスキー「マリー・アントワネットの肖像」
Marie Antoinette(1791)
Kucharski



フランス革命後、ヴェルサイユ宮殿からテュイルリー宮殿に身柄を移された国王一家は
パリを脱出し、オーストリアの兄レオポルト2世を頼ることを目論みます。
庶民に変装し、馬車を走らせ、けれど計画は無惨にも失敗。
その後タンプル塔への幽閉、息子との別れ、ルイ16世の処刑と
引いては寄せる荒波に彼女は翻弄されていきます。
クチャルスキーが描いた肖像画はパリ脱出直前のもので
その慌ただしさゆえ顔だけに彩色が施されているんですが、
途切れることのない苦難のすえに白髪と化してしまう
悲劇的な将来を予見しているようで、そこに悲哀を感じずにはいられません。


こうしたマリー・アントワネットの激動の人生は
シュテファン・ツヴァイクの伝記小説「マリー・アントワネット」に詳しく書かれています。
かの「ヴェルサイユのばら」が本書をもとに描かれたそうで
膨大な文献を参考にしつつ、神話や歴史、芸術などあらゆるエッセンスを織り交ぜて
フランス王妃の生涯を立体的に浮かび上がらせた、歴史に残る名著なのです。
これを「怖い絵」シリーズの中野京子氏が新たに翻訳してまして、
実に実にすばらしい仕事をしてくれているわけです。
たとえばクチャルスキーの肖像画について触れた文章は以下のとおり。


自然にゆるく流した髪の毛は手際よくととのえられ、
中にはすでに銀髪が光っている。
今なおふっくらした両肩に衣服がゆったりまとわっているが、
その態度には媚を売るそぶりは微塵もない。
もはや口元は微笑まず、眼は誘わない。
秋の気配漂う光の中で、まだ美しくはあるが、
すでに母性的なやわらかさに入り、
欲望と諦念の薄明かりの中で、
もはや若くはないが老いてはいない、
「中年にさしかかった女」として、
もはや身を焦がしはしないがまだ身を焦がすことはできる、
そういう女性が、ぼんやり夢見ている。



自分が何者であるかを、何者であるべきかを知った女性は
運命に抗い、希望を捨てることなく戦い続けます。
享楽のツケが回ってきたのだと言ってしまえばそれまでですが、
しかし彼女には王太子という守るべき息子がおり、
王妃としての誇りを捨てることもできなかった。
そしてそんな彼女を影で支え、愛し抜いたのは
ルイ16世ではなく、フェルゼンというスウェーデン生まれの軍人だった……。


本書の一番の見どころは、王妃とフェルゼンの許されぬ恋であるかもしれません。
一人の誠実な男に命がけで愛されることで、王妃は変わったのかもしれないと。
待ち受けているのは破滅であろうとかまうことなく、
死の危険をかえりみず王妃を救い出そうとするその姿は
革命の混沌のなかにたたずむ唯一の真実であったような気がして。
たとえ行き着く先が悲劇であったとしても、
なりふりかまわず人を愛し、愛されるというのはきっと幸せなことです。
少し感傷的な気持ちになってしまいましたが、とても良質な読書体験でした。







今日も明日もがんばろう。
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(2007/01)
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