FC2ブログ

足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

ビアズリー「最高潮」

0   0


ワイルドとオーブリー、ふたりの視線がまっすぐに交わったその刹那、
かすかに火花が散ったのを、メイベルは見た気がした。
――その戯曲のタイトルは、〈サロメ〉。
哀しく、美しい恋の話だ。――破滅的なほどに。

(原田マハ「サロメ」より)



ビアズリー「最高潮」
The Climax(1893)
Aubrey Beardsley



オスカー・ワイルドが1893年にパリで発表した戯曲「サロメ」。
翌1894年に出版された英語版で、
挿絵を担当したのがオーブリー・ビアズリーでした。
美しさとは程遠く、禍々しく醜くすらあるこの世界観。
上に挙げた「最高潮」と題された作品は、
「私はそなたの口にくちづけしたよ、ヨカナーン」とも呼ばれ
戯曲「サロメ」の文字通りクライマックスをあらわしています。


ヘロデ王の御前でみごとな舞を披露し、
その褒美に王女サロメが求めたのは
とらわれの預言者、ヨハネの首でした。
愛する男の生首を手にした王女サロメは、
嬉々として宙を舞うように描かれています。
現世とのつながりを、自ら断ち切ったかのように。
一方、ヨハネの首から滴り落ちた血潮は糸をなし、水生植物の茎のよう。
浮かび上がるサロメと、死してなお地につながらんとするヨハネと。
なんとも意味深な対比です。


若きビアズリー(このとき20歳!)は、
サロメの挿絵によって英国にセンセーションを巻き起こしますが
この瞬間が彼の画業の頂点でもありました。
英語版「サロメ」出版の翌年、ワイルドが男色の罪(当時は罪だった)で逮捕され、
ビアズリーもそのスキャンダルに巻き込まれていくのです……。




冒頭で引用した原田マハの「サロメ」は、
ワイルドとビアズリー、そしてビアズリーの姉メイベルの3人を軸に
芸術家たちの栄華と転落を描いた小説です。
彼女にしては珍しく、グロテスクで艶めかしく、救いのない物語でした。
稀代のエンターテイナーであるワイルドに見いだされ、
結核に身を蝕まれながらも才能を開花させていくビアズリー。
病身の弟を献身的に支えながらも、舞台に立つ夢を捨てられないメイベル。
持つ者と持たざる者のあいだに横たわる溝は容赦なく深く、
蚊帳の外でもがき続けるメイベルは、やがて……。

世紀末芸術のキーワードである「ファム・ファタール(運命の女)」に
メイベルが転げ落ちていく様は、痛々しくも刺激的であり、
人間というものの業を思わずにはいられませんでした。



最後にもう一度、ビアズリーの「最高潮」へ。
見つめあう(実際は一方的だけれど)サロメとヨハネですが、
そこに真に描かれているのはビアズリーとワイルドであったのかもしれません。
いや、メイベルとビアズリーかもしれないし、
メイベルとワイルドかもしれない…。
モノクロームの平面が、様々な謎をはらんで匂い立ってくるようです。




関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://suesue201.blog64.fc2.com/tb.php/1157-269d5d8f
該当の記事は見つかりませんでした。