足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

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ヘンリク・シェミラツキ「ネロのたいまつ」

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快楽と陶酔の極みのような、古代ローマの一幕。
中央上部には、輿に乗った皇帝ネロ。
視線の先には、今しも火を付けられそうな……たいまつ?


ネロのたいまつ
Nero's Torches(1876)
Henryk Siemiradzki




前回もご紹介したヘンリク・シェミラツキ。
こちらは彼の出世作となった、「ネロのたいまつ」です。
ここで描かれるのは、キリスト教徒迫害という残忍な光景。
ローマ帝国第5代皇帝ネロは、この一事によって
ローマ史上最悪の暴君として歴史に名を残すことになります。


事件のきっかけとなったのが、64年に起こったローマ大火。
灰燼と帰したローマ市内を、類い稀な指導力と統率力で
復興へと導いたのがネロだったのですが、
彼が復興にあたって建造を進めたのが、巨大な黄金宮殿。
もともと目に余る暴政を布いていたためか、民衆の間からは
「黄金宮殿の土地を確保するために、ネロが放火を命じたのでは?」
という疑惑の声があがります。
これに対して、ネロが放火犯として罪を着せたのが……
画面右上で、たいまつ代わりに焼かれようとするキリスト教徒たちだったわけです。


シェミラツキの「ネロのたいまつ」では、
キリスト教徒の処刑を見せ物にして楽しむ人々と、
身をよじり、あるいは顔を伏せ、処刑されようとするキリスト教徒が
強烈な対比で描かれています。
ぐるぐる巻きに縛り付けられ自由を奪われた教徒たちの背景には青空が広がり、
しかしよく見れば不吉な暗雲が広がりつつあるかのよう。
この4年後、ローマ各地で反乱が勃発し、
危険を感じたネロはローマ郊外の別荘で自害します。
そしてローマは絶頂期を終え、戦乱期に突入するのです。


もともとは若き名君(17歳で即位!)だったネロですが、
彼にはこの「ネロのたいまつ」以外にも
妻や母、そしてよき補佐役だったセネカを殺害するなど
やはり暴君としてのエピソードで知られています。
最も有名なのは……ホラー映画でおなじみの、獣の数字(666)ですね。
ネロの別名をヘブライ文字であらわし、それを数字に変換して合計すると、
「50+200+6+50+100+60+200=666」になるのだとか。


さらにどうでもいい話をしてしまうと、
僕が生まれて初めて読んだ哲学書が
ネロによって自殺に追い込まれたセネカの「人生の短さについて」。
この本を読んで哲学に目覚めた……わけではなく、
こりゃ無理だと判断し、以来哲学書を避けて通っていると。
高校時代の思い出でした。



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