速水御舟「夜梅」
時こそ今は花は香炉に打薫じ、
そこはかとないけはひです。
Japanese Apricot at Night(1930)
Hayami Gyosyu
速水御舟「夜梅」。
国立近代美術館所蔵の作品で、
現在は東京藝術大学大学美術館で行われている
「香り かぐわしき名宝」という企画展で展示されています。
朧なる宵闇の中から枝を伸ばし、
銀泥の望月から零れる光を浴びんとする白梅。
今しも香気が立ち上ってきそうな、馥郁たる一枚です。
「芸術の上に常に欲しいと思ふのは芳んばしさです」とは、
速水御舟自身の言葉。
この作品を目の当たりにすれば、
その思いが見事に形を成していることに気づかされるはずです。
同展では、「夜梅」のような絵画のほか、
香炉や香木、香道具など香りにまつわる品々がずらり。
僕みたいに香道のことはまったく知らないという人でも、
目で見て香りを嗅いで、十二分に楽しめる展示だと思います。
さて、冒頭の文章は中原中也の「時こそ今は……」からの引用。
中也はボードレールの代表作「悪の華」の47番目の詩、
「夕のしらべ」という作品に影響を受けて、
この美しいソネットを作ったそうです。
それでは中也とボードレール、
香りを歌ったそれぞれの詩をご紹介しましょう。
中原中也「時こそ今は……」
時こそ今は花は香炉に打薫じ、
そこはかとないけはひです。
しほだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。
いかに泰子、今こそは
しづかに一緒に、をりませう。
遠くの空を、飛ぶ鳥も
いたいけな情け、みちてます。
いかに泰子、いまこそは
暮るる籬(まがき)や群青の
空もしづかに流るころ。
いかに泰子、今こそは
おまへの髪毛なよぶころ
花は香炉に打薫じ、
詩の最後を読点で終わらせ、
かつ1連1行目とリンクさせることで
恋人への思いが、花の香りが尽きることなく巡っていきます。
続いて、ボードレール。
ボードレール「夕のしらべ」
時の来て、花柄の上にわななきて、
いま、花々は香に匂う、焼香炉(こうだき)もさながらに。
音と香気と、夕ぐれの空気に溶けつ。
ああ、なやましの円舞曲(ワルツ)かな、ああ、ものうさの幻惑(めくるめき)!
いま、花々は香に匂う、焼香炉もさながらに。
ヴィオロンは、悲しめる心の如くわななきて、
ああ、なやましの円舞曲かな、ああ、ものうさの幻惑!
かの空は、さびし美し、大いなる祭壇に似て。
ヴィオロンは、悲しめる心の如くわななきて、
限りなき暗き虚無をば、憎むなる、やさしき心!
かの空は、さびし美し、大いなる祭壇に似て、
陽は溺る、自らが凝(こご)る血の海……。
限りなき暗き虚無をば、憎むなる、やさしき心、
光ある過ぎ来し方の、ありとある、名残を集む!
陽は溺る、自らが凝る血の海……。
あわれ汝が思い出の光れるよ、わがうちに、聖体盒の如くにも!
(訳:堀口大學)
1連の偶数行は2連の奇数行に、
2連の偶数行は3連の奇数行に、という形で
同じフレーズがスライドしながらリフレインしていく形式。
香りが左右に揺らめきながら立ち上って行くような、
そんなイメージでしょうか。
こうして見ると、中也にしてもボードレールにしても…
詩人ってホントすごいですね。
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