足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

ムンク「サン・クルーの夜」

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1890年、フランス留学時代に
エドヴァルド・ムンクが描いた「サン・クルーの夜」。
深い青が、胸にせまる一枚です。


ムンク「サン・クルーの夜」
Night in St. Cloud(1890)
Edvard Munch




窓の左下にかすかに見えるシルエットは、
ハットをかぶった男性でしょうか。
一人しずかに、夜の街並を見ながら物思いにふけっているのでしょう。
遠い故郷のことを思っているのか、
それともここにはいない誰かのことを思っているのか。


ムンクは5歳のときに母親をなくしていますが、
母親にまつわるもっとも古い記憶は、
青ざめた顔で窓辺の椅子に座る姿だったのだとか。
「窓辺」という情景に、特別な思いがあるのかもしれません。



ところで夜の窓辺というと、ぼくはこの詩を連想します。
浅間山の爆発に寄せて作られたもので、
詩人の初恋への思いが込められているのだとか。


ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきった

その夜 月は明かったが 私はひとと
窓に凭れて語りあった(この窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

               (立原道造「はじめてのものに」より)




ムンクの「サン・クルーの夜」も、
ついさっきまで窓辺で語り合う相手が
この部屋にいたのかもしれませんね。

ムンク「接吻」
ムンク「接吻」。連作『フリーズ・オブ・ライフ』より。



それではもうひとつ、立原道造の詩を。



私らはたたずむであらう 霧のなかに
霧は山の沖にながれ 月のおもを
投箭(なげや)のやうにかすめ 私らをつつむであらう
灰の帳(とばり)のやうに

私らは別れるであらう 知ることもなしに
知られることもなく あの出会つた
雲のやうに 私らは忘れるであらう
水脈のやうに

その道は銀の道 私らは行くであらう
ひとりはなれ……(ひとりはひとりを
夕暮れになぜ待つことをおぼえたか)

私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
月のかがみはあのよるをうつしてゐると
私らはただそれをくりかへすであらう

               (立原道造「またある夜に」)




さて……
空は薄曇り。
ペルセウス座流星群は見えないけれど、
灰のとばりが包んだ夜に
朧月が静かに浮かんでいます。



それでは最後に、ムンクの言葉を。



昔の人が愛を炎に例えたのは正しい。
愛は炎と同じように
山ほどの灰を残すだけだからね。





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