足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

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ボニントン「ラ・フェルテ」

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あの時から較べると、自分もすっかり変わってしまった。
そう、あれがすべての始まりだったのだ。
もしリディア伯母があの日あのようにして現れて、
私が一人でいるのを見つけなかったら、すべてが違っていただろう。
別の人生を歩み、もっと幸せな女になっていたかもしれない。
彼女は画廊で一枚の小さい絵――きれいで価値の高い
ボニングトンの風景画――の前に止まり、しばらく見つめていた。
(ヘンリー・ジェイムズ「ある婦人の肖像」より)


ボニントン「ラ・フェルテ」
La Ferté(c.1825)
Richard Parkes Bonington




「ある婦人の肖像」にまつわる絵画第3回は、
いよいよ主人公のイザベルです。
物語のクライマックスにおいて、
イザベルはなつかしい場所でボニントンの風景画に目を止めます。
見ようと意識したのではなく、考え事をしながら。
みずからの人生を思いながら……。
ここでも正式な作品名は出てきませんが、
大切な人との再会を前にしたイザベルの揺れる心情や
物語の結末を考え合わせると、
それがどんな絵なのかも、読者の想像にゆだねられているのだと思います。
宗教画でも肖像画でもなく、風景画であるところに意味があるのでしょう。


ボニントンは、イギリス出身の水彩画家。
1802年に生まれ、わずか25歳で亡くなります。
イギリス伝統の風景・風俗画をヨーロッパで認めさせた貢献者であり、
透明な光に満ちた美しい水彩作品を残しています。


それでは「ある婦人の肖像」を読んだ人は、
クライマックスを前にボニントンのどんな風景画を連想するでしょうか。
決意を胸に夫のもとから離れたイザベルの姿勢に、
美しい船出のシーンを重ね合わせる人もいるかもしれません。
あるいは、彼女がかつて知的好奇心を満たした、
にぎやかな街並を思い浮かべる人もいるかもしれません。
あるいは……
この「ラ・フェルテ」のように、誰もいない海岸に腰かけて
空と海を見つめる、寂しげな女性を思い浮かべる人もいるかもしれません。


もともとイザベルは知性と探究心を持ち、若さと美しさに恵まれ、
自由に生きたいと心から願う女性でした。


彼女は美とか勇気とか寛大さとかについて考えて
一日の半分を過ごすこともあった。
彼女はこの世を明るい場所とみなし、
自由に才能を伸ばし、どうしてもしたい事は
何でも出来る場とみなそうという動かしがたい信念を持っていた。
びくびくしたり恥じたりするのはいまわしいことだと彼女は主張した。
そして自分は間違ったことは絶対にしないようにと心から願っていた。



そんな信念のもとに求婚者たちをしりぞけながらも、
最終的に彼女はオズモンドという男性を愛し、彼の妻となる道を選びます。
しかし……彼女は自分の選択が間違っていたことを知り、
死の淵にある従兄ラルフのもとへ駆けつけます。
真実の愛を知ったイザベルは、ラルフを失わないために
自分が死んでしまいたいと訴えます。
これに対するラルフの台詞が実に素晴らしいので、一部引用します。


ぼくを失うことはない。
心にいつも留めておいてほしい。
そうすれば、これまで以上に、
ぼくはきみのすぐ側にいることになるのだから。
ねえ、イザベル、生きているほうがいいよ。
生には愛があるから。
死も結構だけど、愛がそこにはありえない。



この場面でイザベルとラルフはもっとたくさんの会話を交わすのですが、
そのどれもが悲しみと優しさに満ちていて、涙なしには読めませんでした。
そして――物語の最後に、彼女は意外な行動をとります。
それは犠牲の道であり、救済の道であり、
ラルフとの再会で本当の愛を知ったからこそ、
ふたたび困難な道を選択することができたのだと思います。


ヘンリー・ジェイムズの「ある婦人の肖像」は、
ある女性がすすめてくださった小説です。
彼女もイザベルのように、知的で快活で、まっすぐな女性でした。
これほど人を好きになったことはなかったし、
心から尊敬できる人に出会ったこともありませんでした。
ぼくは間違えてばかりだけど、彼女の選択に間違いはないと本気で思ってます。
この小説も含めて、彼女が残してくれたたくさんのものが
ぼくの生活の支えになっています。
やっぱり気持ちは変えようもなく、むしろ強まるばかりです。


春先にやった仕事で、とある広告賞を受賞しました。
今日その連絡をいただいたのですが、
うれしい気持ちの一方で、それを分かち合うことができないのが寂しくて。
あれからだいぶ時間が経過して、
苦しい気持ちとはうまく付き合えるようになったんだけどな。
うれしいことがあったときに、それを伝えられないのが一番つらいかもしれない。
それでもぼくはがんばって、もっと立派な人になろうと思います。
いつの日か、胸を張って自分の人生を語れるように。


最後にもうひとつだけ、ラルフの言葉を。


きみがぼくの心を傷つけるなんてことはありえない。
とても幸せにしてくれる。





今日も明日もがんばろう。
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