イヴ・タンギー「想像上の数」
「弧の増殖」と同じ年に描かれた、
イヴ・タンギー晩年の傑作「想像上の数」。
これもまた、深く考えさせられる一枚です。
Imaginary Numbers(1954)
Yves Tanguy
手前に見えるのは、黒い海でしょうか。
その上に橋のようにわたされた、生物的形態。
徐々に海を侵食し、覆い尽くさんばかりに。
増殖の結果としての「弧の増殖」も怖いけど、
その過程ともとれる「想像上の数」も、なんとも言えず……。
原題の「Imaginary numbers」ですが、
これを単数にすると虚数という意味になります。
虚数は数学の世界で「i」とあらわされ、
実数ではあらわされない、つまり偽りの数のこと。
タンギーの「想像上の数」は、偽りで構築された世界ということなのでしょうか。
真っ暗な空に、真っ暗な海。
現実を覆い隠す夜の世界に、広がり行く虚構。
それがタンギーのたどり着いた世界なのだとしたら、
……ちょっと悲しくなるなぁ。
タンギーは酔いどれの芸術家だった。
少年時代から酒と麻薬の味をおぼえ、
あらゆる酩酊のケースを体験した。
ブルターニュの水夫の子孫はパリでしばしば人を傷つけ、
そのたびに自分も傷つくことが多かったが、と言って、
よくある芸術家の苦悩と努力の逸話、
失敗の末の成功の物語とはまるで無縁だった。
たとえばタンギーのほとんど盲目的なイメージ表現を
部分的に借りて巧みに大衆化し、
カタルーニャ人の物質主義を全うした明晰な画家
サルバドール・ダリとは正反対である。
そういう事情からか妙に悲劇の主人公めいて語られることもあるが、
タンギーにはたとえばジャクソン・ポロックのような、
ヒロイックな芸術の使者の相貌もそなわってはいない。
タンギーは酔っぱらいであり、
同時に無限に醒めた霊媒的人格であり、
結局、素朴画家が素朴画家でなくなる瞬間を永続化してしまった
稀な素朴画家である、というあたりから、
彼の位置づけははじまるのではないかと思われる。
(巌谷國士「版画の中のタンギー」より)
今日も明日もがんばろう。
- 関連記事