鏑木清方「遊女」(上村松園と鏑木清方展より)
このしどけない雰囲気。
遠くを見やる切れ長の瞳には、何がうつっているんでしょう。
惚れた男との秘め事を思い出しているのか、
とらわれの身を嘆いて、娑婆に出る日を夢見ているのか。
鏑木清方「遊女」。
艶やかだけど、なんだか寂しい気持ちになる一枚です。
A Prostitute(1918)
Kaburaki Kiyokata
西の松園、東の清方といいますが、
男性の自分が清方のほうに惹かれるのは、
やっぱりそこにエロティシズムが見え隠れするからなのかなぁ。
30年も前に開催された鏑木清方展の図録が手元にありますが、
そこに実に的を得た文章があったので以下、引用。
美人画という概念は浮世絵の世界から生まれたものであるが、
近代画に定着させたのは、東の清方、西の松園といわれるが、
清方の美人画は、まさしく浮世絵の系譜に立っている。
そのエロチシズムを昇華し、
さらに近代の格調高い美人画として確立している点で、
記念的な存在といえよう。
それは、粋であり、優婉、清澄といった江戸まえの感覚で貫かれている。
このへんの感覚は、清方と松園の性別の違いや生い立ちにもよるのでしょうか。
ちなみに四条派に師事し、竹内栖鳳の弟子でもあった松園に対して
清方は月岡芳年の孫弟子であり、浮世絵師の系譜に連なっています。
こうした師弟関係も2人の画風の違いにあらわれているようで面白いですね。
今日も明日もがんばろう。
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