足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

クノップフ「フォセにて——樅の木の下で」

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ベルギー象徴派の画家、フェルナン・クノップフ。
幼時を過ごしたブリュージュの町を描いた
見捨てられた町」があまりにも有名ですが
この作品もまた、深い静けさをたたえた傑作です。


クノップフ「フォセにて——樅の木の下で」
 At Fosset. Under the Fir Trees(1894)
 Fernand Khnopff




「フォセにて——樅の木の下で」。
クノップフは幼少のころ、夏の間だけブリュージュを離れて
ベルギー南東部アルデンヌのフォセという村で過ごしていました。
目にうつるのは緑灰色の幹ばかりで、
枝葉は森の影に溶け込み落葉もほとんど見当たりません。
柱廊のような神秘的な小径を歩いていけば、
その先は二手に分かれています。
しんと静まり返った森の深奥で
少年は途方に暮れたのでしょうか。


手元にあるクノップフ展(1990年)の図録を見ると、
彼の風景画には人間や動物がまったく描かれていなく
一様に静謐のなかにあります。
クノップフはこうした風景画を「沈黙せる」と形容しており、
物静かで打ち解けない性格だったことも影響しているのかもしれません。

クノップフ「スティルウォーター」
 静かな水辺。これもフォセの自然を描いたもの。



人の気配のないうらさびしい森を抜けて彼が選んだのは、
両親が希望した法の道ではなく
一人孤独にカンヴァスと向かい合う画家という生き方でした。
しかしその後、クノップフは何度もフォセを題材にした作品を描きます。
画家にとって沈黙せるフォセの森は心の拠り所だったのか、
それとも……。


クノップフは実の妹を肉親以上の愛情で想ってしまったという
近親愛のエピソードで語られることが多い画家です。
でも、たとえそれが純なるものであったとしても
彼がまともな人間だったなら愛と倫理の狭間で苦悩していたと思うのです。
妹マルグリットが嫁いでしまったのは1890年。
それまでどんな女性を描いてもマルグリットの顔になってしまったものが、
翌年のイギリス滞在などを経て多様な女性像を試みるようになったといいます。
そして1893年には、彼が属していた「二十人会」が解散。
「フォセにて――樅の木の下で」には、
こうした公私における別れが影を落としているのかもしれませんね。




夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
——そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

(立原道造「のちのおもひに」





シベリウス「樅の木」。たまたま見つけたんですが、素敵な曲ですね。



最後に、また蛇足になりますが。。
ここのところ異常に仕事が忙しくて、
木曜から今朝まで会社に泊まりでした。
原稿書いたり企画書作ったりっていうのが主な仕事なので
3日間ほとんど寝ずにキーボードを叩いていたわけですが——
そのストレスで文字離れするかと思いきや、
逆にブログの文章は長くなってしまうから不思議です。
本もまた買っちゃったし、活字中毒なんでしょうね(笑)




今日も明日もがんばろう。
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