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足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

長谷川等伯「竹林猿猴図屏風」

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中でも親子の団欒を描いた猿猴図は、
猿がふすまから飛び出してくるようだと話題になり、
噂を聞いた秀吉が下絵を送れと催促してきたほどだった。
これで完成だと言っても異論をさしはさむ者はいないはずだが、
等伯は正面の左方、雪山に松の絵がどうも気に入らなかった。
霧がたちこめる湖のほとりに、雪におおわれた松林がある。
松は手前を色濃く描き、遠ざかるにつれて薄くして遠近感をもたせながら、
はるか遠くにそびえる雪山へつづいている。
能登で育った等伯にはなじみ深い景色で、得意としてきた画題だが、
今度ばかりは納得できなかった。
(安部龍太郎「等伯」より)


   長谷川等伯「竹林猿猴図」
長谷川等伯「竹林猿猴図屏風」左隻
Bamboo Grove and Monkeys(16-17 century)
Hasegawa Tohaku




第148回直木賞受賞作、安部龍太郎「等伯」。
たった一人で狩野派に立ち向かい
天下一の絵師をめざした絵師・長谷川等伯を描いた小説で、
その終盤に登場する山水画が「竹林猿猴図屏風」です(たぶん)。
描かれているのは、竹林でたわむれる3匹の猿。
右側には母猿とその背にのった子猿が描かれ、
父猿は枝を伝って2匹のところに戻ってくるところです。
ふさふさと柔らかな毛並みに愛らしいお顔は
中国の僧・牧谿の「観音猿鶴図」を手本として描かれたそうで、
母子がぎゅっと身を寄せあう牧谿の猿猴に対して、
等伯の猿猴はのびのびと温かみが伝わってきます。


牧谿「観音猿鶴図」部分
牧谿「観音猿鶴図」。緊張感ただよう猿の母子。



冒頭の文章にあるとおり、等伯は「竹林猿猴図屏風」において
朝霧の立ちこめる竹林を描こうと試みています。
それは生まれ故郷の能登で目にした原風景。
湿潤な大気、吹き抜ける風、そしてゆらめく光が
墨と金泥によって表現され、静まり返った空間のなかで
さやさやと葉ずれの音が聞こえてきそうです。
しかし等伯は、この作品の出来に納得がいかなかった。
十分すばらしいじゃないか、とも思うのですが
確かにあの作品と比べてしまうと……。



この「竹林猿猴図屏風」を経て、等伯はいよいよ
最高傑作「松林図屏風」にたどり着くわけですね。
かつて描ききれなかった朝霧は絶妙な濃淡で松林をつつみ、
鑑賞者を幽玄の世界へと誘います。
今年の頭に東京国立博物館で見てきましたが、
やっぱりあの世界観は日本の絵画史のなかでも抜きん出ていて
作品を前にすると心が澄み渡っていくような気がしました。
安土桃山という時代にこんな作品が生まれた奇跡に思いをはせながら……。

長谷川等伯「松林図屏風」右隻
長谷川等伯「松林図屏風」右隻。おぼろなる静謐の空間。



今回見てきた「竹林猿猴図屏風」は相国寺所蔵の重要文化財。
福岡・石橋美術館の「金閣・銀閣の寺宝展」で見ることができます。
等伯の作品はもう1点、「萩芒図屏風」が展示されていました。
琳派の世界観にも通じる、きらびやかでリズミカルな作品。
こちらも必見ですよ。

長谷川等伯「萩芒図屏風」
長谷川等伯「萩芒図屏風」。琳派を思わせる表現にうっとり。





今日も明日もがんばろう。
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等伯 〈上〉等伯 〈上〉
(2012/09/15)
安部 龍太郎

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