足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

ルドン「花」(ルドン展より)

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1890年代。
モノクロームの時代を終えて、
ルドンが手にしたのはきらめく色彩でした。
次男アリの誕生、そして故郷の喪失。
これらの悲喜こもごもはルドンの作風に多大な影響を及ぼし
以来、あれほどまでに執着した「黒」は鳴りをひそめ
色彩がカンヴァスで踊るようになります。


ルドン「花」
 Bouquet of Flowers(1905-10)
 Odilon Redon




そして10年後、1900年。
このころからルドンは花を描くようになります。
画家にとって花は格好の題材であり
花によって名を馳せた画家も多いわけですが
ルドンの花はやはり別格というか、次元が違うように思います。
これは、他の画家と比べてはいけない。
彼にしか見えない、彼にしか描けないものでしょうから。


現実と幻想が入り混じった色とりどりの花々は
花瓶からこぼれ落ちんばかりに放射状に咲き乱れています。
美と醜、光と影、生と死……あらゆる相反するものが
ここに閉じ込められているような気がして、
そもそもこのエネルギーは外に向かっているのか内に向かっているのか……。
ぼんやりしていたら、花瓶のなかに飲み込まれそうな気さえしてきます。
そういえば、「綺麗(きれい)」のなかには「奇(あやし)」があるんだ。



ところで、ルドンが描く花には影がなくて
それが独特の浮遊感を生み出しているのかと思っていたんですが
今回の損保ジャパン東郷青児美術館の展覧会では
めずらしく、花瓶の影が描かれた作品も展示されていました。
個人的には貴重な発見だったと思います。
東京での展示は6月23日まで、
会場によって若干展示作品が異なるみたいですね。
それでは最後に、ルドン自身の言葉を。



芸術作品という花はその時が来てはじめて花開く。
十分理解されるためには、そうされるべき時がある。
ある巨匠は作品を早く作りすぎ、またある巨匠は遅すぎた。
幸福なる栄光が、殊に現代の天才のために、
自由に増大するのは稀なことだ。
現代は、それぞれの芸術家、思想家が自分の道を追い求め、
彼自身以外に作品の導き手を持たないのだ。

不滅とは、珍しい花の開花以外の何ものでもない。
その種子はあらゆる美の中心にある。
それは讃辞、感嘆、わずかな物質の中に含まれる神聖な芽生えだ。

(オディロン・ルドン「私自身に」より)







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2 Comments

abe says...""
はじめまして、というか、スエスエさんが失恋したころからか、
よく見させていただいてました。若者らしく、人間味溢れる絵画の解釈とか説明が大好きです。スエスエファンの一人として、美術館巡りが趣味の一人として、とても応援しています。
2013.04.24 18:05 | URL | #- [edit]
スエスエ201 says..."Re: タイトルなし"
> abe さん

こんばんは、コメントありがとうございます。
なるほど、となるとだいぶ前から……(笑)
いい加減な解釈ばかりで恐縮ですが、
今後ともよろしくお願いいたします。
2013.04.25 01:25 | URL | #- [edit]

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