足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

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ユトリロ「青い花瓶の花束」

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日本橋高島屋のユトリロ展、
風景画にまじってこんな静物画も展示されていました。
「青い花瓶の花束」という作品です。


ユトリロ「青い花瓶の花束」
Bouquet de fleurs dans un vase bleu(1936)
Maurice Utrillo




ユトリロは1920年、37歳ごろから花の静物画を描くようになります。
後にユトリロの妻となるリュシー・ヴァロール夫人に贈ったのがその最初で、
1935年、夫に先立たれたリュシーと結婚してからは
たびたび花の絵を描いてはリュシーに捧げたのだとか。
「青い花瓶の花束」は結婚の翌年に描かれた作品です。


ちなみに結婚の年、ユトリロは51歳。一方のリュシーは12歳年上の63歳。
2人が結ばれた背景にはユトリロの母・ヴァラドンの思惑があり、
70歳を過ぎて病気で入院したヴァラドンが、
自分が亡くなったあとの息子の生活を案じて結婚をすすめたとのこと。
しかしリュシーは決して良き妻ではなかったようで、
それまで絵はがきを参考に絵を描くことが多かったユトリロに
絵はがきの使用を禁じ、過去の作品を模写することを求めたり……。


ユトリロいわく「優しいリュシーだって? とんでもない!」。
それでも風景画ではなく静物画を、
外の世界ではなく生活のなかにある花という題材を選んで
リュシーにプレゼントしたということを考えると……
なんだかんだでユトリロはリュシーのことが好きだったんでしょうかね。
いや、分からないですね。男女のことは、とかく謎に満ちているもので。
安易な想像はよろしくないか。


最後に、ユトリロと母・ヴァラドンの関係性について補足を。
どうひいき目に見ても悪い母親だったヴァラドンですが、
ユトリロは複雑な感情を抱きながらも彼女を慕い、
ヴァラドンが他界してからは自邸に小さな礼拝堂を設け
彼女の写真を飾って祈りを捧げる日々を送ったそうです。
何度裏切られても母を愛し、
どれだけ傷ついても絵筆を握り続けたユトリロ。
彼にとって家族とはなんだったのか、
彼にとって絵画とはなんだったのか。
答えの出ない問いではありますが、
ユトリロが死の2日前に描いた風景画を見ると
未完なだけに筆触はやさしく色使いも透明で、
見ているこちらも救われたような気持ちになるのです。

ユトリロ「コルト通り、モンマルトル」
「コルト通り、モンマルトル」。未完の絶筆。






おまけ。家族の風景。




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