フロマンタン「ナイルの渡し船を待ちながら」(プーシキン展より)
ナイルに夕陽が沈んでいきます。
もうじき夜がやってきて
大地は寒さにおののくだろか。
早く向こうに渡らねばならぬと
けれど旅人はなすすべもなく
渡し船を見つめるばかり。
ウジェーヌ・フロマンタン「ナイルの渡し船を待ちながら」。
どうもぼくは、こういう作品に弱いみたいです。
Waiting for the Ferryboat across the Nile(1872)
Eugène Fromentin
茫洋、茫洋。
中原中也の口癖が「茫洋」であったとか。
覚えているはずもない1歳時の旅順への船旅を
青年はみずみずしく詩に歌いました。
幼いころは汽笛におびえ、
長じてのちは茫洋と口にした。
海の向こうを思う心は
フロマンタンの旅人のようであったろうか。
そんなことをぼんやり思いながら
ふと我が身をかえりみれば
荒川の河川敷で日暮れていくのを
じっと見つめたことがあったなと。
なんだかとりとめもなくなってきましたが
夏の夜はどうも散文的な気持ちになっていけません。
フロマンタンのこの作品、
横浜美術館の「プーシキン美術館展」で見ることができます。
アングルよりもドラクロワよりも
この作品のほうが胸に迫ったな。
耀く浪の美しさ
空は静かに慈しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。
心の喘ぎしずめとや
浪はやさしく打寄する、
古き悲しみ洗えとや
浪は金色、打寄する。
そは和やかに穏やかに
昔に聴きし声なるか、
あまりに近く響くなる
この物云わぬ風景は、
見守りつつは死にゆきし
父の眼とおもわるる
忘れいたりしその眼
今しは見出で、なつかしき。
耀く浪の美しさ
空は静かに慈しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。
(中原中也「夏の海」)
あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼く
葱の根のやうに仄かに淡い
決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女(むすめ)の眼のやうに遙かを見遣つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい
それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた
号笛(フイトル)の音(ね)のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない
さうすればそのうち喘ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜の空にたなびいてゐた
(中原中也「言葉なき歌」)
う〜〜〜む、支離滅裂。茫洋、茫洋。
今日も明日もがんばろう。
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