大野麥風「鮎」(大日本魚類画集)
ギョギョーーー!!
大野麥風「鮎」。
そりゃあもう、本物と見まがうばかりの鮎なのです。
Sweetfish, Familiar Fishes of Nippon(1937)
Ohno Bakufu
東京ステーションギャラリーで開催中の「大野麥風展」。
麥風は魚類の作品を多く描いたことで知られる日本画家で、
代表作の「大日本魚類画集」は「原色木版二百度手摺り」と言われるほどの精緻さ。
通常は10回程度の摺りで浮世絵が完成するところを、
麥風は実に200回も重ねて摺っているわけです。
展覧会場では江戸時代の本草学・博物学世界から現代に連なる魚類画を紹介し、
続いて大野麥風の魚類以外を描いた洋画・日本画へ。
そして下のフロアに移動すると、いよいよ「大日本魚類画集」が待っています。
いわゆる博物画と大きく異なるのは、
麥風の描く魚類は自由な姿態でいきいきと動いている点。
水槽で泳ぎ回る魚達に囲まれているようで、あたかも水族館の心持ちです。
精緻で色鮮やかで、これがほんとに版画なのかとあらためてギョギョっと。
大野麥風「鯛」。「大日本魚類画集」の最初を飾る作品。
「大日本魚類画集」は1937年に発表され、
500部限定の会員制度で頒布された木版画集。
1944年までのあいだに各期12点、6期に分けて計72点が発行されています。
監修は和田三造(南風の画家)、題字は谷崎潤一郎と徳富蘇峰という豪華さ!
そしてそして、作品ひとつひとつにつけられた解説がまた秀逸なのです。
日本魚類学の父とされる田中茂穂と
魚の生態や各地の方言、そして釣りに詳しい上田尚という人物が担当していて、
特に上田尚の文章がめっぽうおもしろいのです。
たとえば冒頭で紹介した「鮎」。
鮎は世界中で、殆どわが本土領土内の河川湖水にのみ棲む魚であり、
その優麗清楚な容姿と、精悍潔白で、生活様式が他の魚と異り、
大和民族と共に終始する習性の持ち主である鮎が、
我々の愛好措かざる所でもあり、またこれを漁り、
これを賞味することを誇りとさえ感ずるものである。
鯛を海の女王とするならば、これは川の女神であらねばならない。
「金魚」の場合は以下のとおり。
優艶なる姿態が、玻璃瓶の中をきらめかせて、軒先や椽ばな、
床屋の鏡の前、病床の枕もと、物数奇の泉水にまで、
いかにすさんだ、そして角張つた吾々の都会生活に、
やはらかな潤ひをただよせて呉れるかを思ふと、
夏の夜のホタルの光や虫の聲と共に、
大なる慰安に感謝しなければならない。
いや夏ばかりではない。
雪ふる庭の隅に忘れられてゐた水がめをのぞくと、
張つめた氷の中を、うす陽を通して、
夢のやうに尾を垂れてきらめいてゐる生き残りのいくつかを見出した心もちも、
また一入で、春の日のおとづれの早かれと、
彼女達の為に祈る心で見入るのである。
とこんな感じで、ときに詩情豊かに、ときにユーモアも交えて
描かれた魚をより身近に感じさせてくれるわけです。
気がついたら麥風の絵よりも上田尚の解説のほうに夢中になってしまい、
全部読みたさで図録を買ってしまいました。
会場では一部作品にしか解説がついていませんでしたが、
図録は「大日本魚類画集」のすべての作品に解説がついてます。
魚の味にまで触れてるのは、釣り師ならではの感性ですよねぇ。
いつのまにか麥風よりも上田尚の紹介になっちゃってますが……(笑)
ぜひぜひ、会場で合わせて見ていただきたいです。
そこらの水族館に行くより、よっぽど楽しいんじゃないかと思いますよ。
会期は9月23日まで。ぜひぜひ。
今日も明日もがんばろう。
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