上村松園「清女褰簾之図」
「香炉峰の雪は、いかがかしら?」
続けて中宮様が口にされた問いかけに、
わたしは胸中に火を熾されたような思いを味わったのです。
(このために、たびたびわたしを招き、格子を下げたままにしていたのか——)
このときようやく、わたしは、中宮様の御心を理解していました。
葛城の神、とわたしを呼んだときからすでに、
中宮様はいかにして目の前にいる女房を開花させるか、という算段をしていたのです。
わたしは熱に浮かされたような思いで、格子に歩み寄りました。
(冲方丁「はなとゆめ」より)
Lady Sei Shonagon Rolling up a Reed Blind(1895)
Uemura Shoen
枕草子の第299段。
「香炉峰の雪いかならむ」という中宮定子の問いかけに対して、
清少納言はただ無言で、格子をあげて御簾を高くあげてみせました。
香炉峰は白居易の詩に登場する山で、
御簾をあげて眺めるという一節があるため
清少納言はこれを踏まえることで中宮を喜ばせたというわけです。
今回ご紹介した上村松園の「清女褰簾之図」も、この場面を描いた作品。
機知に富んだ雅やかなシーンですが、
逆にいえばこのくらいの才気がなければ、
華やかな宮中で生き抜くことはできなかったんでしょうね。
冒頭の文章は冲方丁の小説「はなとゆめ」より。
清少納言の生涯を独り語りという形式で描いた意欲作で、
「香炉峰の雪」はまだ宮中での生活に慣れぬ清少納言のエピソードとして登場します。
この問いかけをもって、中宮定子は清少納言の才能を開かせるばかりか
その場にいた女性たちに彼女の才能を認めさせました。
堅いつぼみが花開く瞬間を、女性たちの前で演出してみせたのです。
御簾をあげることで、やわらかな日差しが清少納言を包みこみます。
彼女の前に広がるのは、まっさらな雪景色。
扉を開けるように、殻を破るように、このとき新しい世界が現前する……。
「清女褰簾之図」は初期の作品だけにやや堅い印象がありますが、
松園もまた、雪景色のような薄い絹地に絵筆をはしらせることで
みずからの才気を画壇に見せつけ、さらなる高みを目指そうとしたのかもしれません。
さて、明日は東京でも雪が降るそうです。
職場の窓からではとても香炉峰の雪とはいきませんが、
せめて目の前に、白い世界があらわれてくれたら嬉しいです。
今日も明日もがんばろう。
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