ミレイ「マリアナ」
乙女はただこう言った「わたしの人生は侘しいのです——
あの方がいらっしゃらないから」と。
彼女は言う「わたしはほとほと疲れました——
いっそ死んでしまいたい」と。
(アルフレッド・テニスン「マリアナ」より)
Mariana(1850-51)
John Everett Millais
冒頭の詩は、シェイクスピアの「尺には尺を」を題材に
イギリスの詩人テニスンがつくったもの。
そしてこの詩に添ってエヴァレット・ミレイが描いたのが「マリアナ」です。
色鮮やかなステンドグラスと縫いかけの刺繍、朱色のスツール。
部屋の向こうは一転影につつまれ、ろうそくの灯りがぼんやりと揺れています。
この強烈な明暗のさかいに立つのは、
青いベルベット地のドレスを着た美しい女性マリアナ。
婚約者に捨てられ悲嘆にくれているものの、
腰飾りによってウエストラインとヒップが強調され
女盛りの艶かしさを感じさせます。
この作品を激賞したのが、ラファエル前派のよき理解者であり
強力な擁護者であった批評家ジョン・ラスキンです。
いわく、「ミレイの最高傑作である」と。
ラスキンはラファエル前派のなかでも特にミレイに目をかけており
その絵画理論に「マリアナ」が合致したのでしょう。
逆に、この後ミレイが完成させた「オフィーリア」は
あまりラスキンのお気に召さなかったようです。
彼はミレイをさらなる高みに引き上げるべく、
スコットランドへの休暇旅行に同行させて自然描写を教え込もうとします。
ですが……ミレイはこの旅行中にラスキンの妻エフィーと恋に落ちてしまうんですね。
そして波乱の後、エフィーはラスキンと別れ、ミレイと結ばれるのです。
ミレイ「オフィーリア」。ぼくも「マリアナ」のほうが好きかも……。
「マリアナ」は婚約者に捨てられた女性であり、
「オフィーリア」は恋人に裏切られて失意のうちに命を落とす女性でした。
しかしミレイが現実に選んだのは、妻が夫を捨てるのが稀だった時代に
元の夫(ラスキン)を相手に婚姻無効訴訟を起こし新たな愛を勝ち取った女性。
彼女はこのスキャンダルによって社交界から排斥されますが、
ミレイとの間に8人もの子を成し、
女性としては恵まれた人生を送った、ということになるのでしょうか。
古来、画家という存在は美を追い求めるあまり
恋愛にまつわるスキャンダルも多いものですが
ラファエル前派の画家たちは、女性関係が非常に複雑というか何というか……。
ただし、それをただマイナスイメージにとらえるのはもったいない。
その苦悩から生まれた傑作もあれば、
彼らの影響ですばらしい作品を残した女性もいるわけです。
森アーツの「ラファエル前派展」では、
ラファエル前派とかかわった女性たちにも焦点をあてており
その恋模様を紹介するだけでなく、
たとえば「オフィーリア」のモデルをつとめ、
後にロセッティと結婚するエリザベス・シダルの作品なども展示されていました。
これから展覧会を見に行かれる方は、
「ラファエル前派と女性」という観点で作品を見てまわると面白いかもしれませんよ。
エリザベス・シダル「淑女たちの哀歌(サー・パトリック・スペンスより)」
■森アーツセンターギャラリー「ラファエル前派展」の公式サイトはこちら
■ジョン・エヴァレット・ミレイの作品一覧はこちら
今日も明日もがんばろう。
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