足立区綾瀬美術館 annex

東京近郊の美術館・展覧会を紹介してます。 絵画作品にときどき文学や音楽、映画などもからめて。

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ホッパー「The Long Leg」

ご無沙汰しております。夏らしいことを何もできないままに、気がつけば涼しくなってしまいました。せめて夏っぽい一枚を。The Long Leg(c.1930)Edward Hopper8月はほとんど休みなしで走り続けて、当分こんな状況が続きそうです。今日もこれから出社…(涙)心身ともに人より頑丈にできているみたいなので大きな不具合もなく過ごしていますが徹夜とか続くと食事の回数が増えてしまうもんで、おなか周りがちょっとねーという感じで...
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福田平八郎「真鯉」

Black Carp(c.1936)Fukuda Heihachiroほのかなるなやみのうちにひと日過ぎゆきひと日しづかにかへりくる。魚はかたみに青き眼をあげ噴きあげに打たれかなしむ。藍のうろこも痛くつりうどの眼もいたく魚はかなたにのがれゆき鉢なでしこの日の表つよき反射のなかに浮きもかなしむ。(室生犀星「青き魚を釣る人」)今日も明日もがんばろう。  ...
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ロートレック「赤毛の女」

人間は醜い。されど人生は美しい。冒頭の言葉は、ロートレックが残したもの。1000年以上も続く名門貴族に生まれながら少年時の事故で両足の成長が止まってしまい、やがて父親からも見放されたロートレックがたどり着いたのはパリの歓楽街・モンマルトルでした。そこで出会ったのが、たくましく生きる娼婦たち。以下、「迷宮美術館 巨匠の言葉」より抜粋。生きるため、家族のために体を売る女性のたくましさ、つらい境遇でも失われ...
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ヘレン・シャルフベック「少女の頭部」

また随分と、間があいてしまいました。申し訳ない限りです。。気を取り直して……前回に引き続き、ヘレン・シャルフベックです。Head of a Girl(1886)Helene Schjerfbeck1886年、「快復期」の2年前に描かれた「少女の頭部」という作品です。黒の巧みな使い手であったマネを思わせる作品ですが、暗闇を背にしたこの眼差しが、何だか忘れられませんでした。1884年の「扉」という作品も、やはり黒が印象的です。ホイッスラー風の「お...
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ヘレン・シャルフベック「快復期」

ヘレン・シャルフベック。聞き慣れない名前ですが、近年世界的に注目されているフィンランドの画家だそうです。19世紀末から20世紀初めに活躍した女性画家の展覧会が、東京藝術大学大学美術館で開かれています。The Convalescent(1888)Helene Schjerfbeck3歳のときに事故で下半身に障害を負い、学校に通うことができず家庭教師から教えを受けたシャルフベックは、やがて絵画の才能を見出されて11歳にしてフィンランド芸術教会で...
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鴨居玲「出を待つ(道化師)」

道化の背後に広がる赤は、虚無や悲哀や諦念とは縁遠く鮮やかで凛々しくすらあります。かといって熱情でもなく、ましてや歓喜でもない。自分の人生を振り返っても思い当たらない、引きずり込まれそうな、異質な赤でした。Waiting His Turn(1984)Kamoi Rei鴨居玲「出を待つ(道化師)」。東京ステーションギャラリーの展覧会のポスターに使われている作品で、東京駅の喧噪とは明らかにそぐわない佇まいにかえって心をもっていかれ...
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鴨居玲「1982年 私」

真っ白なカンヴァスを前に、口を半開きにし、弛緩した表情をこちらに向ける画家。ここまで陰惨な自画像が他にあるでしょうか。鴨居玲の「1982年 私」という作品です。Myself, 1982(1982)Kamoi Reiまわりに描かれているのは、道化や老婆、裸婦など鴨居が主題としてきた人物たち。「もう描けない」と絶望しきった画家を責めるでもなく、てんでばらばらを向いて地縛霊のようにそこに佇んでいます。彼らが画家にとっての過去である...
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